JOURNAL

DATE : 2019.08.06

進化は未だ現在進行形。廣瀬藍の現在地。 Vol.01

「まだまだ出来ることがあるし、成長し続けられていると思ってます。寿命がいくつかって誰も分からないですから。」

 

そんなフレーズをしっかりとした眼差しで口にした彼女。

先日、日本人として初のWPLL挑戦、そして”WPLL優勝”という快挙を成し遂げ、日本ラクロス界を賑わせた。

 

「暑いところ、ありがとうございます!」

帰国間も無く、休む暇もなく日本でのトレーニングを再開している彼女は我々への気遣いを見せてくれた。34度を超える猛暑の中、束の間のインタビューでは”世界のラクロッサー”に仲間入りした廣瀬 藍(ひろせ あい)のラクロスライフと世界に挑戦した「今」について語ってくれた。

 

− 先ずは優勝おめでとうございます。

ありがとうございます。海外に挑戦し、こんな経験が出来ること、海外挑戦の機会を与えてくれた山田さん(山田幸代さん)やサポートしてくれた方々に本当に感謝しています。実際に足を運んでくれた竹ノ内さん(廣瀬選手所属のSELLスポンサー:SUNSYU代表取締役)も本当にありがとうございます。

 

− 廣瀬選手自身はラクロスを初めて何年目になりますか?

大学生の時から初めて、現在8年目になります。社会人になって4年目になります。

 

− 学生時代と今とではライフスタイルに変化もあるかと思いますが。

確かに学生時代とは大きく環境が変わりました。もちろん、「授業と部活」という時間の過ごし方から「仕事とラクロス」と変化がありますからね。

でも、自分自身の中でのラクロスが占める割合の方が大きくなっていますね。学生の時も、もちろんラクロスは大好きでしたし本気で取り組んでいました。でも、社会人になってクラブに所属するようになって、今は”ラクロス”が大きな意義をなすようになっています。”ラクロス界に何を還元できるのか”とか”ラクロスを通じて何を表現出来るのか”といった事を考えるようになりました。ただプレーするだけでなく、ラクロスを通じて何が出来るのかという大きな意義を持つようになりました。「具体的に何をする」という明確な回答はまだ無いですが。

 

− 年齢を重ねる事で、年下の選手が増えてきたり環境が変化したり、体力面での変化が出たりしていると思いますが。

体力面や身体的な部分では変化は特に感じていません。『実際、ラクロス選手の寿命が何歳かなんて誰も分からないですから。』

学生時代に比べ時間が無いながらも、効率的なトレーニングを取り入れることで”量”よりも”質”を意識しているせいか、個人的には学生時代よりも向上できている気がします。

 

チームをはじめ、様々な場面で年下の選手が増えているのは実感しています。日本代表の活動でもどんどん若くて良い選手が出てきますので。確かに、プレッシャーを感じたりしますが、プラスの意味で焦りとかは無くて、むしろ刺激をもらえているというか自分自身に緊張感を与えてくれるので、とても良いバランスだなと感じています。逆に“この選手のここ良いな”とか“ここは自分より上手いから学びたいな”という風に思っています。

 

− 日本人としてWPLLへ海外挑戦したわけですが、キッカケはなんですか?

キッカケは日本代表として海外遠征した時に、海外の強豪国と試合をした時に、日本では得られない「普通に通用していたものが通用しない瞬間」を感じて、これは日本で普通にプレーしてても感じないだろうなと思いました。今の環境から外へ出ないと、選手として自分自身のスキルアップができないだろうなと感じました。それは、社会人1年目の遠征と、W杯で強く感じました。それをキッカケに海外でのプレーを意識し、2018年に山田幸代さんWPLLのトライアウトを日本で受けさせていただく機会を設けていただき、トライアウトを受けたという感じですかね。話を頂いた時に、自分自身でトライアウトを受ける事に”受けない理由も無かった”ですし、迷うこともありませんでした。すんなり決断したと思います。

 

年齢(ラクロス歴)と共に変化する環境を自分自身への刺激へとポジティブなパワーに変換し、なおより一層の進化を続ける彼女。

今まで感じたことのない、世界の強豪との戦いの中で感じた”通じない瞬間”。その理由を追い求めて求めた結論が「海外挑戦」と語る彼女に『挑戦』という言葉は少し似つかわしくないように感じる。我々はインタビュー後に世界を経験したことで大きくなった彼女のラクロス界での存在を目の当たりにした気がした。

 

Vol.02へ続く(近日公開)

 

 

 

 

NEWS CATEGORY

お知らせ一覧